貴文がプロポーズするまでの道のりを記したブログ
リリースの日付 : 2009 - 07 - 04
New York Timesからの要請を受け、Wikipediaの管理人はタリバンに誘拐された記者の情報をWikipediaから削除した。一部では、これを「検閲」と批判する声が上がっている。
ジミー・ウェールズ氏は、自身が創設したオンライン百科事典Wikipediaの擁護に多くの時間を費やしている。Wikipediaでは、ホットドッグの歴史から有名人の経歴まで、あらゆるものに関する記事をWebユーザーが匿名で編集できる。
先週もウェールズ氏の聖戦は続いた。きっかけは6月28日のNew York Times(NYT)の記事で、同氏、Wikipediaの管理人、NYTが協力して、誘拐されたNYTのデビッド・ローデ記者に関する情報をWikipediaから定期的に削除したと報じられたことにある。この行為はローデ氏の命を救うために行われたものだが、一部のネット専門家は検閲だと主張している。ウェールズ氏はそうした批判をきっぱりと否定している。
インターネットと社会のためのバークマンセンターのフェローで、市民メディア法プロジェクトのディレクターを務めるデビッド・アルディア氏は、Wikipediaがほかの件でも同様のことをしてきたのではないかという疑問を抱いている。
「Wikipediaがサイトに掲載されているトピックを検閲していないことを前提にしていたのなら、それは真実でなかったことになる。そしてこんな疑問がわいてくる。『ほかにも同じような理由でWikipediaから消された情報があるのだろうか?』」とアルディア氏はeWEEKに語った。
ウェールズ氏はeWEEKに、「わたしが知っている限りでは、ほかに情報が消されたケースはない」と語り、出所が分からない、信頼できない情報がWikipediaから消されることはたくさんあると付け加えた。知識は時間をかけて広まっていく性質があるため、時には、削除された情報が後で正しかったと判明することもあると同氏は語る。
アルディア氏はまた、ウェールズ氏とWikipedia管理人の行為は、Wikipediaを「完全で公平なニュースと情報の源」と考えている人々からの信頼を損ねると指摘する。ウェールズ氏はこれに異を唱え、以下のように、同氏らの行為は検閲ではないと主張した。
「品質に関するルールを厳密に適用した行為だった。われわれが『信頼できる情報源を求めている』『われわれの成果がもたらす人道的な影響を気に掛けている』と言っているときは、本気でそう言っているのだ。人々が、この時代になってもまだ『検閲』――力によって行われるもの――と『編集上の判断』――何を公開すべきかについての理性的な判断――の概念を区別できないのは奇妙だと思う。こうした言葉の誤用が、重要な状況の事実を理解できなくしている」
この問題の原因となった出来事は、2008年11月10日、ローデ氏がアフガニスタンでタリバンに捕らえられた直後に始まった。NYTの関係者は、Wikipediaなどのサイトでこの事件が取り上げられたら、タリバンがローデ氏を非常に重要な人物と見なして開放を拒み、同氏の生命の危険が高まるのではないかと懸念したと、同紙の記事には書かれている。
Wikipediaのユーザー編集者らは、Wikipediaのローデ氏のページに少なくとも十数回、誘拐についての情報を書き込んだという。だがウェールズ氏、Wikipediaの管理人、NYTのスタッフは同サイトを監視し、ローデ氏の状況に関する情報を削除し、さらに編集を防ぐためにページを凍結した。
ローデ氏の生命を危険にさらすことを恐れて、NYTのマイケル・モス記者は11月12日、Wikipediaのローデ氏のページを編集して、イスラムに共感的とも受け取れる同氏の作品を強調した。その翌日、ユーザー名のない編集者が、このページに誘拐に関する情報を書き込んだ。モス氏はこれを削除したが、消した情報が、抗議のメモとアフガンの報道を加えた形で再度投稿された。
このころ、NYTはウェールズ氏に電話をかけ、ローデ氏に関する情報を抑える手助けを頼んだ。誘拐に関するニュースは何度も投稿されては削除され、11月13日にはWikipediaの管理者が3日間編集を禁止した。16日には再び、2週間の禁止措置が取られた。2月までこのような編集合戦が続き、ユーザー編集者は投稿が消されたことへの怒りのメッセージをWikipediaに残した。
ローデ氏は6月20日に脱出し、ウェールズ氏はページの凍結を解いた。Wikipediaに人1人の命がかかった状態で、1カ月にわたって情報を抑える戦いは終わった。ウェールズ氏は、ローデ氏の誘拐についての情報をWikipediaから削除するという決定を後押ししたのは、主要ニュースサイトがこの事件を伏せていたという事実だったと話している。
アルディア氏は、Wikipediaがある程度はオープンであり、管理人に公開すべきものとそうでないものを判断する権限が与えられていること、論争の対応プロセスがきちんと文書化されていることは認めている。同氏は次のように付け加えた。
「管理人がその権限を行使しないことは多く、このためわれわれはWikipediaが完全な言論の自由の権利があるオープンなサイトだと思っている。だがそうではない。今回の件では、はっきりとは分からないが、Wikipediaの通常の論争仲裁プロセスが実施されたようには思えない。代わりに、ウェールズ氏ら組織の上層部が、ローデ氏の記事から誘拐の情報を排除すると決定した」
ウェールズ氏はこれに応えて、Wikipediaの編集プロセスは100%順守されており、今回の件は通常のやり方で処理されたと語っている。「いかなる形でもWikipediaのルールが曲げられたり、破られたことはなかった」
アルディア氏によると、新聞社が競合紙や提携紙に対し、危険な状況にある記者の情報を報じないように頼むことは以前からあった。このような行為は、世間にはめったに伝えられない。
こうした対処は通常、編集者から編集者への電話連絡によって行われる。だが、オープンなクラウドソースサイトが存在するデジタル時代では、そのような要求に対応する中心的な管理者の連絡先を見つけるのは難しいと、アルディア氏は指摘する。だがWikipediaは違うということが分かっていた。ウェールズ氏は有名なので、NYTは簡単に連絡を取って手助けを求めることができた。
今回Wikipediaが取った対応は、人々のWikipediaへの見方を大きく変えるだろうか? アルディア氏は、そうはならないだろうと言う。
調査会社Gilbane Groupでコラボレーション技術を担当するジェフ・ボック氏は、この一件への対処はWikipediaの成熟を示しているとし、Wikipediaが本格的な情報源として真剣に受け止められるのであれば、同サイトの参加者は大人の分別を持って行動することを自覚しなければならないと付け加えた。
「確実に境界線はある。NYTとローデ氏の件は慎重を要するデリケートな状況であり、適切な対処が必要だった」とボック氏は言う。「この件は、Wikipediaが自身のことを真剣に考えることをいとわず、自身が置かれた環境を理解していることを示している。今、彼らの提供する情報は以前よりももっと尊重されるようになっている」
ウェールズ氏は、ローデ氏の件に対する同氏やスタッフの対応は「Wikipediaを何でもありだと思っていた人にとっては意外だろう。だが、Wikipediaは何でもありではないし、これまでそうだったこともない」と話している。